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遣る瀬無いとは 

 

「やるせない・・・。」
思わず口からこぼれた
朝刊小欄のコラム

「編集手帳」と題された一面の隅には
日々あらゆる題材をあらゆる角度から
鋭く切り込み本質に迫る
十数センチに満たない狭い枠内に
名の無い文豪が存在する

その日の書き出しは
九州の方言 ”いっすんずり” という
耳慣れない語句を用い
引用例として 
「今日はいっすんずりじゃった」とし
車が渋滞に巻き込まれた際に
進まぬタイヤがじりじり地面を擦る様子を表現した
大分方面の方言との事とある

例年であれば列島民族大移動の
矢先に先立ち
今夏の盆帰省の渋滞予測は
慣例が覆されると
予測するのも妥当である


そしてコラムは
先日の九州豪雨で残された
爪痕を思い遣り
被災地に赴くボランティア有志も
このコロナ渦とあり
県境をまたぐに
足止めを食いままならぬ
現状に目を留める

コラムの結びには
甚大な被害で打撃を受けた熊本地方で
家族を見舞う帰省親族による感染例が
確認されたとの事例を上げ
誰を責めようもない見えない敵に
歯軋りをする気持ちで
最後には誰の身にも起こりうる事
と締めくくられた

やるせなくただ言葉に詰まるとは
こういう事である

平常と何ら変わらぬ週末で
食品の買い出し出た先で
赤いほおずきた目についた

山に囲まれた大分熊本の夏は
とりわけ暑いが肥後魂も豊後魂も
日夜歯を食い縛り踏ん張る

誰の身にも起こりうる
災いが蔓延した不穏な世相の
一寸先は闇

そんな
2020年8月
はじまり
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「了」=終わりの始まり 

 

寝ぼけ眼で朝刊を手にしつつ
不意打ちに「えっ!?」
驚きの声が漏れた
それもけっこう大きめのデシベルで
当の本人が驚く始末

なにがそんなに驚くかって
毎朝欠かさずチェックしている
朝刊の連続小説の
昨日の続きはさてと
心弾ませ目を凝らすと
新しい連載のスタートが
切られていたからだ

え?え?え?
昨日のあの一説
あれが最後??

目まぐるしく昨日の一説を
思い返しつつ
昨日の朝刊を引っ張り出して
読み見返す

ああ。
文末に「了」と結んである

最後は主人公の手紙形式で
語られていたので
てっきり手紙の文末の
結びの語句と解釈していた

小学生が書く手紙の文末に
「了」またこれ渋いと思ったが
昭和の時代にタイムスリップする
ストーリーだったので
それもありと思っていたら
小説そのもの幕引きの「了」だった

腑に落ちたと同時に
たちまちその場に取り残された気分で
物語の主人公やその取り巻きの
その後のあれこれを空想した

夢中になるほど心を捕らえる
連載小説のラストは
いつだっていいい意味で裏切られ
深々とした余韻を残す

連載小説に嵌まるのは
これで何度目だろう

今の阿川佐和子氏
その前は橋本修
もっと前は吉田修一
そのもっと前は松浦寿輝

どの作品も惹きつけられてやまない
ドキドキが満載だ

デジタルが主流の時代に
日に日に嵩張り
処分にも手間暇掛かる
昔ながらの新聞を愛する
アナログ人間がここにある

今や新聞だって
オンラインで読めるし
たまに利用もするが
朝はあのざらざらとした紙の手触りと
インクの香りが仄かに残るあの朝刊と
渋めの知覧茶がなくては始まらない
大切な朝の儀式

連載小説で用いられる定型句「了」は
視点を変えれば始まりの「了」
新しい物語のスタートの舵が切られた
小説もじぶんも

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デトックスの涙は心の汗 

 

昨日は運転免許証の更新をした。
免許は十代で取ったものの
公道を運転をしたのは一回こっきりの
筋金入りのペーパードライバー☆

いっそのこと返納しようかとか思いつつ
身分証明には都合がいいので
面倒くさいなぁと思いながら
今年も形式だけの更新を済ませた。

30分ばかりの表向きの講習を済ませて
ホヤホヤの免許証を手にすると
今回も自画像にギョッとする。


いまや証明写真すら
自撮りで自在に修正して
自己満足出来る時代なのに
免許証の中の等身大な自分には
いつだって目を逸らしたくなる。

年齢に比例して濃くなるメイクw
5年前よりも確実に老けた自分。
アラフィフ女がここに健在。

唯一真一文字横に結んだ口元に
年齢相応の自覚や責任が感じられるも
現実的な5年後の世相も自分も
未来がまるで見えず思わず宙を仰いだ。

5年前に更新をした時
すでに愛犬はいなかった。
相棒を亡くして哀しみを振り払うかのごとく
自分を模索して必死に生きた5年だった。

そんな事を考えているとふと
いまもくっきり瞼に焼きついた
愛犬の最後の姿が脳裏に浮かんだ。

二度と目を開ける事の無い亡骸から
ふと浮かんだイメージは「無念」。

なぜかはっきりと浮かんだ
「無念」の二文字。

無念のそれは
愛犬から漂う無念であり
「そばにいられなくなってごめん」
「置いてきぼりにしてごめん」
「離れたくなかったけどごめん」

だった。

亡骸を前に哀しみに暮れる私に
そう語りかける無言の愛犬もまた
哀しみに暮れていたのだった!

愛犬が旅立って丸6年が過ぎ
ようやく受け止める事が出来た
相方の想い。

ごめんねごめん。
自分ひとりが
絶望の淵に立たされていたと
思い込んでいたけれど、
こんな頼りない飼い主を
置いて旅立つ愛犬もまた
同じくらい辛い思いをしていた。

ねぇがるちゃん。
ひさしぶりに愛犬を思い出して
ひとしきりはらはらぼろぼろ
さめざめと泣いた。

こんなに泣いたのは
いつぶりだろう。

THANK YOUデトックス
流した涙は心の汗。

さてはて
まだまだ愛犬に再会するまでの
道のりは遠い。

まだまだ混沌と変容しつつある
しがらみの多い現世での奮闘は続く。

心の汗とか涙とか古臭くて
ふうてんの寅さんみたいw。
自分ノリ・ツッコミも忘れずにw


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生き生きと自由 

 

そこはうちから地下鉄と私鉄を乗り継いで
ほんの30分のところにあった


渡り鳥のクロツラヘラサギとミヤコドリが
飛来するのは知っていたけれど
長い間、車がないと行けない場所と思い込んでいた
だったら公共交通機関と
自分の足で歩いて行けばいいじゃないか
調べはとっくについていたのに
実現するのに1年以上かかった


干潟が干潮になる時間帯を見計らってそこへ辿り着くと
カモやカラスやシロサギ
日ごろ見慣れた鳥しかいなくてがっかりした

それでもようやく辿り着いた干潟で
潮の香りを感じるだけで満足度は高かった
双眼鏡を片手に観察を続け
しばらくするとその群れの中に
にんじんのような嘴をした
ミヤコドリがいる事に気がついた時は
飛び上がって喜んだ


しばらくするとさらにミヤコドリの群れが
ネコのようなミュウミュウと聞こえるような鳴き声で
飛んできて一斉に干潟の浅瀬に舞い降りた
ミヤコドリは十数羽の群れで行動をしていて
もうそれだけでアドレナリンがあがっていて
さらに粘り強く観察を続けていると沖合いに
白い毛色の固まりの群れを発見


さらにしばらくして日が傾きかけた頃
その集団がすぐ目の前の浅瀬にやってきた
白い固まりは黒い長い柄を象った嘴を持つ
珍しい鳥、ずっと会いたかった
クロツラヘラサギ



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_DSC0049-2.jpg




生き生きとのびのびと思い思いに
浅瀬をついばんで餌を探すもの
羽つくろいをしたり羽を広げてくつろぐもの
鳥たちの営みが目の前にあった



いつまでも見ていたい幸せの象徴だ
日が落ちかけて薄青い闇が降りてくるころ
水辺で深々と身体の芯まで冷えてきてようやく
我に返ってその場をあとにした


_DSC0116-2.jpg







パラダイスはこんなに身近にあった
まだまだ間違った思い込みで
見逃している事がたくさんありそうだ
残りの人生の中であといくつそれを発見できるだろう
つまらない思い込みはさっさと手放して捨てなきゃね

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透明なこころ 

 

がるがいなくなって
丸5年だよ
がるがいないのは
漠然とした事実だけど

キミはいないけど
でも実はいるんだよね
すぐそこにいつだって

知ってるよ
こうやってパソコンに向かっていて
ふといつもキミがいた場所へ
目をやると

キミがそこに寝そべっていたり
こっちを見て
あの濁りのない透明な笑顔で
笑いかけていたり

ああ あのころと
おんなじ景色だね

ベッドに入って眠る体勢を整えると
瞑った目の奥がぱぁっと明るくなる

そう
あのタイミングは
キミが遅れて寝室に入ってくる
あのタイミングとぴったりおんなじ

あの光は透明な
キミのエネルギー
オーラだね
緑だったり赤だったり
とても温かいひかり

キミがいない哀しい日々は
5年の歳月を刻んだけど

キミはずっとずっと
あの頃と変わらず
近くで見守ってくれている

肉体は消えても
こころはいつもここにある


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